知ってました?
バルト三国のカテゴリーって北欧らしいですよ、奥さん。
杉原千畝
リトアニアといえば杉原千畝(すぎはらちうね)のいた日本領事館@カウナス
ユダヤ人がナチスから追われていた頃、本国日本の命令を無視して日本への通過ビザを発行し続けた人です。

なんで日本の通過ビザ?

西からドイツが攻めてくるので、ロシアからシベリア鉄道に乗るルートしかもう逃げ道は残されていなかったユダヤ人たち。
国外脱出のため各国の領事館にかけあうも、リトアニアは今まさにソ連に占領されようとしている頃だった。
続々と領事館が閉められていく中、唯一オランダ領事館が、オランダへのビザは出せないけど南米にあるオランダ領のキュラソー島なら大丈夫なんじゃないかと救済の道を示す。
実際のキュラソー島は人が住めるようなところではないけど、書類上そう処理すれば逃げられるのではないかと。それで、キュラソーに行く!という建前のもと日本の通過ビザを出してほしいと日本領事館に押し寄せてきたってわけ。
そうすればリトアニア脱出できるからね。
命のビザ
まだ手書きだった時代に!

杉原千畝のビザのおかげで日本を通過して国外脱出できたユダヤ人は約6000人。
「命のビザ」「東洋のシンドラー」として有名で、ドラマ化&映画化もされている。

反町隆史さんの方がビザ問題に限定してる分マイルド。
その分、ヒーロー感満載です。

唐沢寿明さんの方は外交官としての諜報活動や周りの混乱、時代背景も描かれてて、ナチスの描写もわりと強め。そのわりにビザの部分はアッサリ。あと英語率高め。

杉原千畝の机

当時、日本も領事館閉めてとっとと出てけ!と言われていた。
が、押し寄せるユダヤ人に1枚でも多くビザを出すためギリギリまで粘る杉原。
その後ついに出ていかざるを得なくなっても「わたしの滞在先はここですよ!」とわざわざみんなに伝え、ホテルでも書き続けたのだ。

metropolishotel
それがここ、メトロポリスホテル。
残念ながら記録が残っておらず、一家がどの部屋に泊まったかまではわかっていない。
でもここに杉原千畝一家も滞在したのね〜!というわけで、わたしも泊まった  (о´∀`о)
戦前からの建物だからエレベーターもなくて古く、ドアの鍵の開け閉めに苦労したり、モーニングコールが通じなくてまさかのモーニングノックでしたけども!!!
朝、ドアをトントンして「Good morning ♪」と来てくれたけど、あれじゃ絶対起きられない(笑)


生きのびるためには逃げるしかない。
そんな人たちが自分を頼ってくるのに放っておけない!でも上から許可がおりない!という葛藤を抱え、命令に背いても自分を信じて人道的判断を下した杉原千畝。
結局彼はソ連に精通した超エリートだったにも関わらず、外務省をクビになってしまった。

のちに勇気ある人だったと名誉回復できたのは2000年のことである。

…2000年て!
ついこの前じゃん!ビザの話は第二次世界大戦のときのことなのに?
本人とっくに亡くなってるし、こういうのって存命中に表彰してあげたいもんだよ…
イスラエルはとっくの昔、1985年にその功績をたたえているというのに!

杉原千畝の万年筆

ところで、ドラマでも映画でもビザ発行のために使われていたのがモンブランの万年筆。
ドラマでは「(ユダヤ人にとって敵である)ドイツ製ですけど…」なんて台詞もあるくらいだったので、もしかして実際もそうなのかしらー?!とワクワク期待度大で行ったらボロッボロの木製のでがっかりした。…あれはただの演出だったのかぁぁぁ!

。゚(゚´Д`゚)゜。ウァァァン

売店でチョコレートとかサシェなんぞ売ってないで、もうモンブランでもどこでもいいからメーカーと提携して万年筆売った方がはるかに売れるんじゃない?